【国際女性デー】「女性が働きやすい」の先にある、真のダイバーシティとは

本日、3月8日は国際女性デーです。
毎年この日に、ダイバーシティや女性のキャリアについて
考えを巡らせるのが私の習慣になっていますが、
2026年の今日、社会の空気感は例年とは少し違うように感じます。
2025年、法改正がもたらした「変化」の兆し
日経新聞などの報道でも触れられている通り、
2025年4月から全面施行された改正育児・介護休業法の影響は非常に大きいです。
この1年、多くの職場で「女性の活躍」だけでなく
「男性の育休取得」が当たり前の風景になりつつあります。
制度が整い、これまで「当たり前」と諦めていた層が
声を上げやすくなったことは、間違いなく大きな一歩です。
しかし、ここで私たちが立ち止まって考えなければならないことがあります。
象徴としての「初」よりも、足元の「仕組み」を
今年は日本で初めて女性首相が誕生した年でもあり、
世間はその「象徴的な変化」に沸いています。
しかし、私はあえてこう考えます。
「トップの属性が変わること」と「社会の構造が変わること」は、必ずしもイコールではない、と。
歴史を振り返れば、女性がリーダーの座に就いたとしても、
それが単なる「トークンウーマン(形だけの象徴)」に留まってしまえば、
現場の痛みは解消されません。
真に問われるべきは、性別を問わず誰もがその職責を全うできる
「土壌」が耕されているかどうかです。
誰かの「働きやすさ」が、誰かの「重荷」になっていないか
女性活躍が進み、育休や時短勤務が浸透し、育児中世代が働きやすくなる中で
逆に「声が小さくなってしまった層」が存在していないでしょうか?
・子育てや介護の配慮を受けるメンバーのバックアップを担う、単身者や若手層。
・「配慮される側」ではないという理由で、過度な業務負荷がかかっている層。
女性はこれまで労働市場において最大のマジョリティでありながら、
制度や慣習の枠外に置かれた「最大のマイノリティ」でした。
だからこそ支援が進んできたわけですが、
その結果として別の誰かが「自分たちの声は届かない」と
感じているのだとしたら、それは本末転倒です。
ダイバーシティの「目的」を履き違えないために
ダイバーシティ(多様性)の本質は、特定の属性だけを優遇することではありません。
「誰もが、自分らしく、持続可能な形で貢献できる環境を作ること」。
これこそが、私たちが目指すべきゴールのはずです。
「女性だから」「育児中だから」という個別の事情への配慮は、
あくまで全体を最適化するためのプロセスのひとつに過ぎません。
その配慮が、組織全体の心理的安全性を損なったり、
誰かの不公平感を生んだりしているのなら、
それは真の意味でのダイバーシティ推進とは呼べないのです。
おわりに:これからの1年に向けて
2025年の法改正、そして女性首相の誕生。
大きなトピックスが続く今だからこそ、私たちはその「目的」に立ち返りましょう。
制度を作るだけで満足せず、その制度が現場でどう運用され、
誰に光が当たり、誰が影に隠れてしまっているのか。
その小さな声に耳を傾け続けることが、
経営や人事に携わる私たちに課せられた使命だと改めて強く感じています。
誰もが「この職場で働けてよかった」と思える未来を、一緒に作っていきましょう。


